駐在帯同を苦行と感じる構造

日常

こんにちは。

駐在妻の中には、毎日が充実しているという人がいる一方で、日々の生活に煮詰まってしまい、毎日辛い気持ちを抱えながら生活している人も数多くいます。

これは、駐在帯同者が直面する共通の困難によるものであり、そもそも駐在帯同そのものに苦行だと感じやすい構造があるからではないでしょうか。

今日は、「駐在帯同を苦行と感じる構造」について、紐解いてみたいと思います。

〜駐在帯同を苦行と感じる構造〜

その1】自分の人生なのに、自分で舵をきることが出来ない。

駐在生活は、住む国、地域、家、滞在期間、生活リズム、人間関係その全てを自ら選ぶことは出来ません。

配偶者の勤務先から言われた国、地域に赴任し、家も決まった予算あるいはその時に空いていた物件の中から選び、

買い物や欲しいものも思うように手に入らず、医療機関や美容院もこれまで行っていたところには行けませんし、車の運転が出来ないなどの不自由さもあります。

留学やワーキングホリデー、海外就職など自分で選択したことにおける苦労に関しては、「挑戦」と捉えることが出来ます。一方で、他者から与えられ、自ら選択していない苦労に関しては「苦行」と感じやすいのです。

【その2】評価されない努力の連続。

配偶者に同行した駐在妻の場合、家庭を回す、夫や子供のサポートが主な日常となります。これらは昇給や評価はなく、成果も見えにくいものです。仕事に没頭する配偶者(時に休日の出張者対応やゴルフ等接待を含む)に対して、家事育児を1人で担う不平等感を感じることも。

これは特に、キャリアを手放した人にとっては、社会との接点の欠落も感じやすく、喪失感や孤独感を助長し、耐え難いと感じるのではないでしょうか。

【その3】幸せであるという周囲からの圧力。

海外に住んだ経験がある人ならまだしも、そうでない人の解像度はとても低いものです。

時にそういった周囲の言葉が圧力になることも。

例えば、

「海外いいね〜」

「シンガポールは住みやすいよね。」

「英語ができるようになるね。(子供含む)」

「手当が沢山つくんでしょう?」

「お手伝いさん、社用車の支給があるんでしょう?」

などなど。

かくいう私も言われたことがあります。

悪意ある発言というわけではないのでしょうが、綺麗事だけではすまない海外生活。

時として、そういった周囲の言葉がプレッシャーになり、苦しく感じることもあるのではないでしょうか。

【その4】ゴールが見えにくい。

一般的な会社員であれば、帰国時期が未定という場合も多くあります。

いつごろ帰国するのか、あと何年続くのか、帰国後はどうなるのか、終わりが見えません。

人は明確な目標やゴールが見えるからこそ頑張れるものです。

具体的なことがわからない、未来が描けないというのは、ストレスです。

駐在帯同を苦行のように感じてしまうのは、決して適応力が低いから、精神的に弱いからといった理由ではないと思います。

上述したように構造的にしんどくなりやすいのです。

一時的ではあるものの、高負荷がかかっている駐在生活。

しかしながら、この期間は人生を壊すものでもなければ、無意味というわけでもありません。

人生はまだまだ続いていくのです。

仮に、楽しめていなくても、成長実感がなくても、充実していなくても、自分を追い詰める必要はありません。

加えて、誰かを責めたり、妬んだりすることで自分を保つこともあってはなりません。

もし、今の生活を苦行の様に感じている方がいるとすれば、「駐在生活は、そもそもしんどく感じるような構造をしているのだ。」という事実を念頭に、少しでも辛い気持ちが楽になることを願っています。

私自身、辛い出来事もいつか自分の人生に効いてくる、或いはあんな日もあったなと懐かしく思える日がくると考えています。

かぼす

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2024年からシンガポールに帯同中の駐在員妻。
夫・子供と過ごす喜びや楽しさに溢れた日常はもちろん、日々感じる苦悩や葛藤、戸惑いもリアルにお届け!
決して毎日がキラキラではないけれど、日々、工夫や試行錯誤を重ねながら、地に足のついた生活を心がけています。
そんな毎日の中で、気がついたこと、快適に暮らすコツなどをシェアしていきます。

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